平成18年度 調査員報告
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上條勝芳 調査報告 | |
| 調査対象 | 大久保景造 おおくぼ けいぞう |
| プロフィル | 詩人・画家。昭和31年2月に詩誌「アポロ」創刊(「義眼」→「あるふあ」と改題)。昭和44年に文化庁主催の芸術祭参加の合唱曲「五つのピエタ」(間宮芳生作曲)を作詩。 |
| 生没年 | 1936(昭和11)年8月20日-2006(平成18)年12月3日 |
| 主な作品 | 詩集『ぼくものがたり』『冷え枯れ』 |
| 青森との関わり | 八戸市に生まれ、八戸市に住み続けている。同人詩誌主宰・合唱曲の作詩・オペラ脚本・絵画講師等として活躍。 |
| 作家解説 | 昭和11年8月20日、八戸市長横町に生まれる。4〜6歳まで、北村家 (第3代八戸町長の北村益、長男は脚本家の北村小松)に礼儀作法を教わるため預けられる。八戸高校を卒業後、上京して半年ほど画塾に通ったが、胸を患って3年間の闘病生活を送る。昭和33年7月から八戸市の繁華街でジャズ喫茶〈車門〉を経営。 昭和31年2月に工藤孝二・武部克己等とアポロ詩話会を結成。詩誌「アポロ」主宰。32年7月〜「義眼」と改題。33年5月〜38年10月まで「あるふあ」と改題。詩画展等も開催。33号で休刊。62年9月に復刊し、平成3年9月通刊49号で終刊。また39年6月に詩誌「くるーと」を創刊するが、1号だけである。 昭和38年12月10日にあるふあ詩社のあるふあ叢書1号として詩集『ぼくものがたり』を発行。「私は多くの賛成者よりも、1人の共犯者の方がほしい」と述べている。53年9月1日に自刊で詩集『冷え枯れ』を発行。一切の無駄を省いた「冷え枯れた美しさ」を求めている。 昭和44年に文化庁主催の芸術祭参加作品の合唱曲「五つのピエタ」(間宮芳生作曲)の作詩をする。翌年に日本ビクターよりレコード化される。テーマは是川出土品・えんぶり・墓獅子・ナニヤドヤーレである。また昭和55年12月23日に八戸市公会堂で上演された創作オペラ「炎の中の炎の心」の原作・脚本を執筆。 昭和32年にモダンアート協会展に初出品して入選。3年連続入選。36年に創造美術会展で湯川氏賞を受賞して会友となるが、翌年に退会。その後は個展を中心に活動、故郷の萱葺きの家やえんぶり・花・壺の静物等をモチーフに、細密に描写する具象作家として活躍し、独自の世界を展開した。 昭和46年に八戸市文化奨励賞受賞。平成9年に岩手県遠野市文化功賞受賞。また八戸美術連盟評議員等を歴任。平成18年に八戸市文化賞を受賞。 |
| 関連資料 | 『ぼくものがたり』 図書、1963(昭和38)年12月10日、265o×255o 昭和31年に八戸市で設立されたアポロ詩話会(→あるふあ詩社)のあるふあ叢書1号である。昭和33年から38年までの作品31編が収められている。〈ぼくものがたりひそかによむひとありがとう〉と結ぶ。「わかれ」の1行目は〈あけがたふたりは海になる〉である。 |