青森県近代文学館
The Museum of Modern Aomori Literature



平成18年度 調査員報告

星野富一郎 調査報告

調査対象小田原金一 おだわら きんいち
プロフィル作家。教育評論家。小説『北辺の嵐』は第75回(昭和51年度上半期)直木賞候補作品。教育評論家として、ラジオ、テレビ出演。講演など津軽弁をまじえた口調に人気があった。
生没年1917(大正6)年7月21日-1998(平成10)年10月29日
主な作品『私のシベリヤ抑留記 永久凍土地帯』『北辺の嵐』『凍原の烽火』『雪中行軍始末』『斜里非情』
青森との関わり青森市生まれ。青森市内小学校校長を歴任。
作家解説  昭和12年青森師範学校卒業。青森市立浦町小学校を振り出しに小学校教員となる。昭和19年応召。北満州のソ満国境に送られる。昭和20年甲種幹部候補生として予備士官学校へ派遣中、ソ連軍参戦により小隊長として牡丹江方面の戦闘に参加。終戦でシベリヤ抑留が足かけ5年に及ぶ。昭和24年復員、弘大附属小学校に復職。以降、青森市教育委員会、大野小学校校長を皮切りに筒井、沖館、三内、堤の各校長を歴任。
  シベリヤ抑留の悪夢と生き地獄を、『私のシベリヤ抑留記 永久凍土地帯』(昭和31年)にまとめ自費出版。400字詰め原稿用紙1.300枚余の力作である。が、「反共」だ「容共」だと、非難と脅迫に似た抗議を県内外から受け、出版の怖ろしさを知らされ筆を絶つ。青森県民とアイヌ民族の関わりが意外と知られていないことに気づき、市教委、校長在任中に資料を集める。県の小学校社会科研究会長と全国小学校社会科研究協議会副会長の役職が資料収集に役立つ。再度筆を執ることを決意する。
  命題の青森県とアイヌとの関わりを描く4部作構想の第1弾が『北辺の嵐』(昭和51年 津軽書房)。“伝七異聞”の副題がある。下北、蝦夷地、クナシリなどが舞台。アイヌとの交遊、探検家最上徳内も登場する、7編の連作から成る長編小説。第75回直木賞の候補であったが、この回に受賞作はなかった。第2弾が『凍原の烽火』(昭和54年 津軽書房)。大酋長、シヤク・シヤインの乱を雄大な自然を背景に描く長編歴史小説。第3弾が『雪中行軍始末』(昭和56年 津軽書房)。青森歩兵第5連隊八甲田雪中行軍遭難時の救助探索隊にスポット。殊にアイヌ民族捜索隊の登場が異色。アイヌ犬の活動が印象的。地元の作家だけに“山ノ神”など民俗資料の駆使が目をひく。第4弾が『斜里非情』(昭和59年 津軽書房)。厳冬の蝦夷地警固に赴いた津軽藩斜里越冬隊の顛末を描く鎮魂の長編。他に「八甲田遭難救出アイヌ分隊」(昭和52年「文藝春秋」10月号)は、全国的に好評であった。
関連資料『雪中行軍始末』

図書、1981(昭和56)年1月23日、24.4o×17.7o

青森歩兵第五連隊の八甲田雪中行軍遭難事件時の救助捜索隊にスポットをあてる。探索嚮導(道案内)役幸畑村の辰五郎老人一行と、異例ながら要請に応じたアイヌの凧次郎一行の捜索活動を描く。アイヌ犬の活躍と雪嵐の八甲田山で生まれた“八甲”の記述が印象的。