青森県近代文学館
The Museum of Modern Aomori Literature



平成18年度 調査員報告

福士修二 調査報告

調査対象村上青村 むらかみ せいそん
プロフィル昭和35年歩道短歌会に入会し以後、東奥日報歌壇選者、歩道黒石短歌会長、黒石市歌人連盟会長、市町村県下短歌大会の選者を長く務めるなど、青森県歌壇の指導者であった。
生没年1913(大正2)年11月4日-1997(平成9)年4月14日
主な作品歌集『冬野』『草光』  歌書『流年の記』
青森との関わり村上良民(筆名・青村)は大正2年11月4日、黒石市上十川の父民蔵の長男として生まれる。
作家解説  教育関係における主なる内容として
  昭和10年3月、青森県師範学校本科一部卒業。同年3月南津軽郡東英尋常高等小学校勤務。昭和26年4月南津軽郡竹館村小国小中学校校長就任。昭和39年4月県教育庁指導主事。昭和40年4月浪岡町立五郷中学校校長就任。昭和49年4月退職。昭和50年6月浪岡町教育委員会教育長就任。昭和58年10月南地方教育委員会連絡協議会教育長部会長。
  短歌関係における主なる内容として
  昭和21年8月大東亜戦争終る。作歌を志す。昭和35年9月歩道短歌会入会(佐藤佐太郎主宰)。「十三潟」30首歩道賞候補入選。40年1月歩道同人となる。41年猪股喜作遺歌集『茄子の花』編集発行。43年第1回南地方中学生短歌大会開催。48年8月歌集『冬野』発行。54年歌集『草光』発行。56年「桧葉山」50首、角川賞候補入選。59年4月歌書『流年の記』発行。60年黒石市歌人連盟結成初代会長就任。平成元年青森県歩道短歌会顧問就任。
  昭和35年に歩道短歌会に入会以来、同35年には、「こけし大会」と言われた第1回黒石市観楓県下短歌大会を、県内にさきがけて開催し、県内における短歌大会に大きな影響を与えた。54年からは東奥歌壇並びに県内各地区短歌大会の選者として指導的役割を果たしたが、それらの功績によって63年度には黒石市文化功労賞、第14回青森県歌人功労賞を受賞。
  歌集は2冊出版しているが、歌碑は建立しなかった。
関連資料歌集『草光』

図書、1979(昭和54)年3月20日、210o×147o

第2歌集。「拘束されない日月を送る悦楽を思い教職を去ったが、やむなく行政に身を置き5年を経た。時恰も母没後50年に当り、人生また感を深くし、いささか追慕の念を禁じえない」と言う著者の昭和48年から53年までの460首が収められている。