【青森県近代文学の名品】

Vol.7 石坂洋次郎

原稿「マヨンの煙」「あとがき」



このページは、青森県の広報「メルマガあおもり」掲載の文学館の連載と連動しています。ここでは「メルマガあおもり」には掲載されない資料写真を掲載しています。
石坂洋次郎は、大東亜戦争で2度にわたってフィリピンに軍属として徴用されている。1回目は尾崎士郎、今日出海、火野葦平らとともに宣伝斑員として派遣された。帰還後、「主婦之友」に「南部宣撫行」の副題を付けて「マヨンの煙」の連載を始めた。しかし、石坂の2回目のフィリピン派遣のため一時中断。帰還後執筆を再開したが、終戦を迎えるまで発表の機会はなかった。昭和52年10月、『マヨンの煙』は、石坂洋次郎77歳、執筆から30数年の時を経て出版された。

原稿「マヨンの煙」「あとがき」

 原稿「マヨンの煙」は昭和19年3月以降に書かれたもので、原稿88枚のうち19枚は反故原稿の裏に書かれている。原稿「あとがき」は原稿「マヨンの煙」とは異なる薄手の原稿用紙に書かれており、刊本の「あとがき」末尾の〈1977年8月 軽井沢にて 著者〉の記述は原稿にはないものの、〈あとがき〉執筆時期であると思われる。この原稿の存在により、戦時中に書かれた原稿が、戦後もほぼ手が加えられることなく出版されたことがわかる。戦時中、徴用中の石坂を知ることが出来る貴重な資料である。

 原稿「マヨンの煙」と「あとがき」は、2006年3月に「青森県近代文学館 資料輯第4輯」として刊行された。原稿は写真版で掲載、解説は舘田勝弘氏(青森県郷土作家研究会会員)による。この原稿は、10月6日から開催の青森県近代文学館「石坂洋次郎没後20年展」で展示公開する。

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