【青森県近代文学の名品】

Vol.64 太宰治 原稿「メリイクリスマス」
1946年 26 x 18.2cm 37枚

 今年は太宰(1909〜48)の没後60年にあたる。来年は生誕100年で、全国的にさまざまなイベントが予定されている。青森県近代文学館でも、「太宰と郷土青森」に焦点をあてた特別展を企画しているところである。

 さて佳品「メリイクリスマス」は昭和22年の「中央公論」1月号が初出で、同年8月に筑摩書房から刊行された単行書『ヴィヨンの妻』に収められた。津軽に疎開していた主人公が1年3ヶ月ぶりに東京に戻って、半月ほどたった12月の話である。何年も会っていなかった、少女時代に可愛がっていてもう大人に成長したシヅエ子と偶然、東京郊外の本屋で邂逅した一日を綴っている。しかし話の中心はその母である。モデルは林富子。太宰がこの小説の中で「だしぬけに逢っても、私が恐怖困惑せずにすむ極めて稀な、いやいや、唯一」のひとと紹介している婦人である。実際、サービス精神過剰で、人と接するとき気まずいしらけた雰囲気になることを極端に恐れ、たえず冗談を言ったり、笑わせたりすることに必死だった太宰が、このひとの前では、何の気詰まりも感じずに、しかも面倒な恋愛感情にとらわれることなく、黙って安心していられた。富子さんは画家の林倭衛と離婚して、戦後は母娘二人で三鷹のアパートに住んでいた。野原一夫は『回想太宰治』(新潮文庫)のなかで、太宰が富子さんのアパートに行くときのことを「べつに用事があるふうでもなかった。心が鬱屈すると、ふと会いたくなるようだった」と回顧している。

 ここに紹介する原稿は、太宰が生前祖母イシから譲り受け着用していた着物の切れを用いて和綴じ装されたもので、製本は川越清雅堂である。題簽(だいせん)の「メリイクリスマス 太宰治 肉筆草本/夷斎(いさい)題」は夷斎石川淳の染筆。なお残念ながらこのメリイクリスマス原稿は1枚目が欠けている。そこには表題と書出しの文章があったと思われる。また23枚目までの原稿用紙とそれ以降の原稿用紙は同じ二百字詰めではあるが種類を異にする。すべての原稿用紙には通し番号が付され、「中央公論 一月號 四印」のゴム印が押されている。来歴を記すと、はじめ美知子夫人が小山清氏に譲り、それを菊田義孝氏が譲り受け、その後1997年に当館に寄贈されたものである。

(館長・黒岩恭介)

(平成20年06月26日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)

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和綴じ装された原稿「メリイクリスマス」
(石川淳染筆)


本文で引用した文章の出てくる8枚目の原稿