【青森県近代文学の名品】

Vol.56 寺山修司・原稿「奴婢訓」
1976年執筆 400字詰め原稿用紙37枚

 寺山には「奴婢訓」と題した作品が二つある。ひとつは戯曲「奴婢訓」で、これは1978年「新劇」5月号が初出であるが、同年1月には晴海の国際貿易センターで試演され、引き続きオランダを皮切りにベルギー、イギリス、イタリア、アメリカ、フランスと1982年までの間に29都市を巡回公演した寺山のもっとも成功した実験劇である。もうひとつは今回紹介する物語「奴婢訓」で執筆は1976年。しかし初出は1978年にアディン書房から出版された『奴婢訓』で、その巻頭に収められている。
 『奴婢訓』はもともと『ガリヴァー旅行記』でおなじみのジョナサン・スウィフト(1667−1745)の未完の遺稿である。主人と召使いの関係を召使いの視点から論じた「べからず集」あるいは「すべし集」で、18世紀当時の召使いたちの最悪最低のモラルを逆説的にあぶりだした風刺文学である。寺山はこれを受けて、物語「奴婢訓」を書いた。冒頭に掲げる「奴婢一般に関する総則」はスウィフトの同名の序章からの部分的引用である。しかし内容はスウィフトとはまったく異なり、官能的な倒錯劇に仕立て上げている。すなわち主人が自ら召使いの役割を引き受け、マゾヒスティックな快楽を味わうと同時に本来の召使いたちはこのときとばかり、お芝居の終了をご主人様が宣言するまで、サディスティックな喜びにひたる。ここでは召使いと主人の逆転と、性的な倒錯という二つの倒錯がテーマになっている。
 戯曲「奴婢訓」はこの物語「奴婢訓」を昇華発展した劇と見ることができる。物語「奴婢訓」の最後のところで寺山は書いている。「御主人の呼んだ当人がその場に居ないときは、誰も返事などせぬこと(ここまではスウィフトからの引用)。/たとえ、不在が百年以上つづくとしても。/ああ、世界はすべて、書かれてしまっているのだ。」この三つの文章をつなげているのは論理ではなく詩的飛躍である。そしてこの飛躍を受けて、戯曲「奴婢訓」においては、倒錯は影を潜め、「主人の不在」がテーマとなる。そこでは召使いたちは交代で主人の役割を演じるが、肝心の主人は不在のままである。ニーチェを持ち出すまでもなく、「神の不在」という今日的な哲学的状況のメタファーとしてドタバタ劇は展開する。寺山修司の戯曲「奴婢訓」は、登場する召使いたちは宮沢賢治の童話の登場人物の名で呼ばれ、東北の一寒村を舞台としながらも、人類的な課題を担った演劇として高い評価を得て来た。

(館長・黒岩恭介)

(平成20年05月01日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)







寺山修司
『奴婢訓』1978年 アディン書房
装幀・挿画:合田佐和子

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