【青森県近代文学の名品】

Vol.36   吉田一穂 書「掌に消える北斗の印」
竪128cm 横42cm  軸装
左下:一穂 白字方印「一穂」

 吉田一穂(よしだ いっすい 1898−1973)は北海道生れの詩人。大正9年早稲田大学英文科を中退。以後詩作を続け、詩の純粋性を守った。詩集『未来者』(昭和23年)の序に「詩は垂直の聲であり、絶對者の言葉である」と述べている。さらにまた吉田の言葉を使って言い換えれば、詩は「独白に了」らざるを得ない「神との對話」とも言える。  青森県との接点は福士幸次郎(1889−1946)である。吉田一穂は福士幸次郎の創刊した詩誌「楽園」(大正11年)の同人になって以来、福士とは三十年以上の深交を結んでいる。福士は一穂の散文詩『故園の書』(昭和5年)に序を寄せているし、一穂は昭和18年のある手紙に書いている。「福士さんは我々の良心だ。殆ど我々の神だ。否、美しい心だ」と。昭和32年、福士幸次郎の没後10年を記念して弘前に建てられた文学碑の除幕式に、一穂は弘前を訪れた。そのとき高木恭造や一戸謙三と会っているが、おそらくここに紹介する書軸はそのとき認められて本県に残ったものだろう。
 この書軸の言葉は上述の『未来者』所収の詩「白鳥」の冒頭句である。「白鳥」は『未来者』所収時は三行詩十二章からなる詩であった。その後詩集『羅甸薔薇(らてんばら)』(昭和25年)では全十五章に増えている。第一章は「掌(て)に消える北斗の印(いん)/・・・・然(け)れども開かねばならない、この内部の花は。/背後(うしろ)で漏沙(すなどけい)が零れる。」の三行詩である。少し解釈を試みよう。「北斗の印」とは雪片の比喩であろう。掌に落ちた雪片の結晶がたちまちのうちに溶ける様をこうよんだ。しかしこの「北斗の印」は夜空にかかる星座のイメージと重なりながら、同時に詩作それ自体のメタファーになっている。だから印を結ぶ「この内部の花」を開いて、詩作を実現しなければならない。しかしわれわれの生命は限られている。「背後で漏沙が零(こぼ)れる」いわば生命を削る音を聴きながら、詩人は詩作に命をかける。「白鳥」は〈時間〉と〈空間〉と〈意志〉とを詩作の原理とし、孤独と大自然と宇宙的イメージを紡いだ吉田一穂の代表作である。

(館長・黒岩恭介)

(平成19年12月6日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)

名品コーナーへ  文学館TOPへ