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【青森県近代文学の名品】

Vol.35   吉村昭 原稿「夜の雪道」

  青森、秋田、網走、札幌―犯罪史に残る四度の破獄を実行した無期刑囚・佐久間清太郎(仮名)。佐久間を主人公とした長編小説「破獄」(1983)で、吉村昭(1927〜2006)は84年、読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を相次いで受賞した。

  「破獄」執筆のきっかけは、昭和41(1966)年、吉村が文芸講演会で青森市を訪れた時に遡るが、その時の様子を記した直筆原稿「夜の雪道」4枚が当館に所蔵されている。

  「―夜の雪道。その日、雪の降りしきる青森市に入ってふと耳にした中年の女性の『雪がのんのん降る』という言葉の詩的なひびきが、今でも胸に残っている。その夜の福士氏との出会いが、小説『破獄』を執筆するきっかけとなったのである」 (「夜の雪道」)

  「福士氏」とは、青森県警察部刑事課長として当時佐久間を逮捕・送検した福士重太郎。類を見ない脱獄囚佐久間の話を聞いた吉村は、「破獄」執筆を思い立つのである。しかし、プライバシーの尊重を重視した吉村は、佐久間が健在であることを知り作品を断念。「破獄」の取材で再び青森を訪れたのは、「夜の雪道」の日から16年後の昭和57(1982)年3月。佐久間が病死した後のことであった。

  「夜の雪道」は、平成13(2001)年、当館の特別展「東青文学散歩」図録に掲載され、のちに氏のエッセイ集『縁起のいい客』(2003)に収められた。
  ところで、この原稿のタイトルは、最初「小説『破獄』の主人公との出会い」であったが、自ら「夜の雪道」 と書き直している。「雪がのんのん降る」という方言に「詩的なひびき」を感じ取った吉村昭、「津軽弁は美しい言葉ですね」という氏の言葉を思い出す。昨年7月、延命治療を拒否し79歳で他界。降りしきる雪に包まれた青森県近代文学館―原稿「夜の雪道」のインクの青が、一層濃く見える季節になった。

(室長・櫛引洋一)

(平成19年11月29日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)