Vol.31 高木彬光 草稿「刺青殺人事件」
世に刺青の美を知る人は少い。ひそかに肌に秘められた、命を刻む芸術の真価に心をうたれる人の数はけっして多くはない―青森市出身の推理小説作家・高木彬光(1920〜1995)の代表作「刺青殺人事件」の冒頭である。「刺青殺人事件」は、昭和23年5月、江戸川乱歩の序文を付し岩谷書店〈宝石選書〉の一冊として刊行された。名探偵・神津恭介が登場するこの処女作により、高木彬光は本格推理小説の新鋭として一躍脚光を浴び、職業作家として立つことを決意する。
高木は、旧制青森中学校(現・青森高校)で開学以来三本の指に入る秀才と謳われ、旧制一高、京都帝国大学工学部を経て中島飛行機製作所(富士重工の前身)の技師となり、順調な人生行路をたどっていた。しかし、敗戦と同時に会社は解体、失職して極貧生活に転落する。万策尽き果てたある日、大道易者から、骨相が中里介山に似ているので長編小説を書くようすすめられる。原稿用紙が買えず半分に切った藁半紙に原稿を書きはじめたのが昭和22年8月15日、寝食を忘れ三週間で一気呵成に「刺青殺人事件」を書き上げた。それを原稿用紙に清書し、一面識もない江戸川乱歩のもとに送った。その年の大晦日、乱歩からの届いた返事には「探偵小説としては大変(小説としては上出来にあらず)感心いたしました。出版に努力いたしたく存じます」と書かれてあった。
「刺青殺人事件」の初稿は、昭和28年に春陽堂書店版〈日本探偵小説全集〉に収められた時に大幅に書き直され、最初に引用した冒頭部分も書き直された改訂版のものである。それに比べ、前述の藁半紙に書かれた原稿(昭和22年9月6日脱稿)は、文章は洗練されておらず、傷みが激しくインクの文字も消えかかった「危うい」原稿である。しかし、極貧で明日の生活が見えない状況の中、長編を藁半紙に黙々と書き続ける初一念―高木彬光の原点が見えてくる。
(室長・櫛引洋一)
(平成19年11月1日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)
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