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【青森県近代文学の名品】

Vol.25  淡谷悠蔵 色紙「月一つ空にありけり人というものの哀しさ起きて草ふむ」

「灯を消して寝る枕元にさし込む月の光のあまりの明るさに、外に出れば、草の葉に露がじっとりとおりて、風が冷ややかに流れている。

 月ひとつ空にありけり人というものの哀しさ起きて草踏む

これはその頃つくった私の歌の一つである。」
(『なつかしの青森』)


淡谷悠蔵(1897〜1995)は、明治三十年、青森の商家に生まれた。本を読むことに熱中し、大学に行ってもっと学問をしたいという憧れを持ちながら、「商人に学問はいらない」との家の方針で、高等小学校卒業後は家業である呉服屋で働く。

友人の誘いで短歌と出会い、高田螢汀の主宰する雑誌「はまなす」に作品を発表する。上の学校に行けず、「家」という枠から逃れられないやるせなさや悲しみを、少年時代の淡谷は短歌に吐露していった。

大正七(1918)年、二十一歳の春、淡谷は商人をやめ、新城の山で暮らす決意をする。家から自由になり、憧れていた徳冨蘆花やトルストイにならって、自然の中で農業をして自らの生活を切り開こうとしたのである。飛び込んでみると自然は美しいだけのものではなく、自分の力で土を耕す現実は予想以上に厳しいものであった。「月ひとつ」の歌に詠われているのは、静かな山の夜に淡谷が実感した、自ら選んだ生きる道の自由と孤独である。

自伝的長編小説『野の記録』をはじめ、小説・戯曲・評論・随筆と多くの著作を残した淡谷悠蔵の、文学の出発点は短歌であった。「月ひとつ」の歌は、よく色紙に書かれた言葉の一つである。淡谷にとって、忘れ得ぬ若き日の歌であった。

(主幹・佐々木朋子)

(平成19年10月18日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)