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【青森県近代文学の名品】

Vol.22  高木恭造 色紙「まるめろ」

  「枯草の中の細い路(ケド)コ行(エ)たキア、泥濘(ガチヤメギ)サまるめろア落(オヅ)でだオン」の文句で始まる、高木恭造(1903〜87、青森市出身)の方言詩「まるめろ」。当館所蔵の色紙に記された「故郷(クニ)モいま雪(ユギ)ア降てるべなあ」は、その結びの部分である。詩に描かれたまるめろはバラ科の樹木であり、秋に独特の芳香を持った黄色い果実を結ぶことで知られている。

  1926年10月、地方主義運動を展開していた詩人・福士幸次郎は、青森日報社に主筆として迎えられた。当時恭造は「青森日報」の記者だったが、ある日、紙面を埋めるため読者の投稿を装って自作の詩を載せた。それに気づいた幸次郎は、詩というものは「自分が本当に持っている言葉で書くものだよ」と助言し、方言だけで書くことを勧めた。これを契機として方言詩を書き始めた恭造は、東京そして満州に移り住んでからも詩作を続け、それらの作品は津軽方言詩集『まるめろ』(31年、「北」編輯所)に収められた。

  その後『まるめろ』は、53年の風の木社版を皮切りに、三度にわたって再刊された。また、恭造の全方言詩集成である『方言詩集まるめろ』(88年、津軽書房)は21世紀に入ってからも版が重ねられている。発表から75年が経過した今なお人々の心に生き続ける名詩編であると言えよう。最後に『定本まるめろ』(62年、青柳書店)巻末に付された「走り書的覚え書」から、表題作「まるめろ」に関する恭造の述懐を引用し結びとしたい。

〈「まるめろ」は病妻が死の朝にもらした言葉をそのまゝ写しとったもので、彼女の実家(北片岡町)の傍を流れるドブ川の岸にまるめろの樹が一本あった。結婚前の二人はよくそこで話し合っていたものだが、多分その樹を夢みたものであろう。〉

(主事・竹浪直人)

(平成19年8月23日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)