Vol.16 建部綾足(たけべ あやたり)「野僧焚火」俳画・軸装 843x270mm 画賛: きさらぎのはじめ 南都に有りて 僧はまだ薪に寒し水ころも 凉帒
文化爛熟期の江戸時代、一世を風靡したマルチ・タレント、建部綾足(1719-74)は弘前藩家老の次男として将来を嘱望された美少年であったが、兄嫁と抜き差しならない熱い恋に落ち、発覚、弘前をひとり出奔せざるを得なかった。そして故郷へは二度と戻ることはない。
のち浅草に俳諧の宗匠として吸露庵を結ぶも、半生旅に生きた。そのプロフィルは『続近世畸人伝』(1798)に建凌岱として紹介されている。
俳号は凉帒、画号は寒葉斎、文号は綾足。俳句は焦門十哲の一人野坡(やば)につき、絵画は清の画僧、沈南蘋(しんなんぴん)の流れを汲む花鳥画を長崎で学んだ。国学は賀茂真淵に入門、後年京都で万葉集や古今和歌集を講じたが、その傍らものした「本朝水滸伝」は「江戸読本の祖」(滝沢馬琴)として高い評価を得ている。ちなみにこの長編小説には津軽を舞台に蝦夷の英雄が登場する場面がある。文学史上青森が舞台となった最初のものであろう。
当館に今年度寄贈されたこの俳画は、寛延三(1750)年伊予松山を経て、長崎に絵の勉強に赴く旅の途上、南都奈良に遊んだ折、旧暦二月に行われていた興福寺の薪能を見て描かれたものか。画賛そのものは寛延元年の「俳諧 続三疋猿」に収められた句である。「薪の能」と題され、句中の「水ころも」は能装束の一つで僧衣。画の方は綾足自身と思われる宗匠風の人物が焚火にあたっている。淡彩が施されているが、焚火は炎も含めて墨一色、墨色の火の粉(と思われる点々)が画面全体に散らばっている。なかなか味わい深い洒脱な佳品である。 (館長・黒岩恭介)
(平成19年7月12日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)
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