『まるめろ』
昭和28年5月25日
風の木社刊
扉(装丁 棟方志功)
『まるめろ』
昭和6年10月1日
「北」編集所刊

【青森県近代文学の名品】

Vol.11 高木恭造

自筆詩額「吹雪」



このページは、青森県の広報「メルマガあおもり」掲載の文学館の連載と連動しています。ここでは「メルマガあおもり」には掲載されない資料写真を掲載しています。

 方言詩人として名高い高木恭造は、明治36年青森市に生まれた。大正15年4月青森日報社に入社、そこで主筆の詩人・福士幸次郎と出会う。この頃福士は〈地方主義〉運動を展開しており、高木が紙面の空白を自作の詩で埋めていたのを見つけ、自分の言葉〈方言〉で書くことを勧めた。こうして、日本最初の地方主義詩人が誕生し、昭和6年『方言詩集 まるめろ』が刊行された。その前年極貧時代をともにした妻ふちを病気で亡くした高木は、翌年刊行の『まるめろ』の扉に〈亡き妻ふじ子へ〉という献辞を記している。


吹雪(フギ)

 

子供等(ワラハド)
 
()ぐど寝でまれ

 
 
ほらア!
 
あれア白い(オウガメ)ア吼えで
 
()ケて()りてらンだど
 
まぎの(スマ)がら
 
死ンだ(ヂコ)(ババ) 睨めでるド

 
 
子供等(ワラハド)
 
()ぐど寝でまれ


 「方言詩集 まるめろ」の序文で福士幸次郎は吹雪(フギ)を挙げ、“地方語が地方生活を喚び起し、地方人に作用する言語の力とは恁ういふものだ”と書いている。作中の漢字にカタカナのルビを振り、方言の発音のままに表記しようと試みている。『方言詩集 まるめろ』は、方言でしか表現し得ない独特の世界を描き出し、人々に大きな衝撃を与えた。

青森県近代文学館では、高木恭造の自筆詩額「吹雪」を常設展示している。

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