平成19年7月14日(土)〜平成19年9月9日(日)
青森県近代文学館 企画展示室
〒030-0184 青森市荒川字藤戸119-7
入場無料
開館時間/午前9時〜午後5時
休館日/7月26日(木) 8月23日(木)
主催/青森県近代文学館
| 開催にあたって
今年平成19年は安政4年に弘前の在府町で生まれた陸羯南(1857−1907)の生誕150年、没後100年の記念すべき年にあたります。明治22年2月11日、大日本帝国憲法が発布されたその日に、羯南は新聞「日本」を創刊しました。これは時の政府の欧化政策に批判的な政治家谷干城らを支援者として、考えを同じくする羯南らが前年に発刊した「東京電報」を解消、発展した新聞でした。「日本」は立憲君主制の下、海外に向かっては日本の特性、独自性、独立を主張し、国内に向かっては国民の団結を強化する「国民主義」を社是として掲げました。羯南がその主筆兼社長として17年にわたり健筆をふるい、近代ジャーナリズムの先駆として明治の言論界に大きな足跡を残したことはよく知られています。
正岡子規(1867−1902)は明治25年に羯南の取り計らいによってこの日本新聞社に入社します。そして『日本』を舞台に子規の名声を轟かせ、一世を風靡することになる俳句と短歌の革新運動を展開していきました。晩年の7年間は寝たきりの病牀生活でしたが、死に至るまで日本新聞社の社員として紙上に「墨汁一滴」「病牀六尺」など忘れ得ぬ文章を連載し続けました。これは羯南の理解と庇護がなければあり得ないことだったのではないでしょうか。二人はお互いの人格を何か世間とは次元の違うものとして認め合っていたようです。今回の特別展は羯南の業績を回顧し、その現代的な意義を探るとともに、子規との交流に光をあてて開催するものです。
文学講座・日曜講座等開催のお知らせ
主な出品資料
[PDF]図録
東奥日報連載記事
- 志半ば帰郷、さらに北へ
- エリート集団と接する
- 新聞「日本」創刊
- 子規入院
- 日本新聞社員タリ
|