建部綾足

海錯図 淡彩・紙  六曲一双 安永元年(一七七二年)頃 各133.3x50.0cm  青森県立図書館蔵蔵

この屏風は群馬県富岡市の阪本家旧蔵になる。阪本家は麦龍舎雲郎の後裔。雲郎は涼袋(綾足の俳号)の門人で、絹の中次ぎを生業とする富商であった。この阪本家から綾足の自筆稿本「紀行」三巻とともに、昭和二十八年、「海錯図」屏風一双を青森県立図書館は取得した。
海錯とは種類が多く豊かな海産物の意。文字通りこの作品には、多種多様な魚が奔放な筆致で描かれている。綾足が海錯図と集中的に取り組んだ時期はわかっている。綾足最晩年の紀行文「東の道行ぶり」によれば、明和九年(一七七二年)綾足五四歳の秋、讃岐の高松に仲間たちを尋ねていったとき、その浜でとれた魚を求めて、その生き生きとしたいきおいを描写する法を得た、という。
その成果として、「建氏画苑」の中の一冊『海錯図』がよく知られているが、この屏風も、この時期に描かれたものと思われる。



青森県立図書館蔵蔵『海錯図屏風』