【青森県近代文学の名品】

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Vol.72 小国英雄、黒澤明ほか 検討用映画台本「悪い奴ほどよく眠る」
1960年

 黒澤明はシナリオの共同執筆についてこう言っている。「僕の共作は一言で分担をいうと、小国が魂、橋本がテクニック、というところだろうね。(中略)小国君は武者小路実篤さんの弟子で、大変なヒューマニストです。それで僕たちは小国さんにシナリオの魂になってもらっている。僕と橋本がテクニックの面を担当して、二人で競争で書きくらべる。両方で書いたのを交換して改訂する。それを小国に見てもらって、つまり彼は裁判官になるんですよ」(都築政昭『生きる』昭和55年、マルジュ社)。小国英雄(1904−96)は八戸に生まれた。黒澤の言及にもあるが、14歳の時、実篤に心酔し、宮崎県日向の「新しき村」に入村、最年少の会員であった。実篤の薦めで、東京学院神学部に学び、卒業後は西巣鴨にあった「新しき村」の支部活動に参画、昭和4年雑誌「新しき村」の創刊に携わった。同年日活太秦撮影所に入社、溝口健二の助監督などを務めたが、6年、脚本家に転向し、「あなたと呼べば」(11年)「支那の夜」(15年)など数々のヒット作を世に送った。戦後は昭和21年第1回毎日映画コンクール日本映画大賞受賞作「或る夜の殿様」(衣笠貞之助監督)の脚本を担当した。昭和27年「生きる」で黒澤は小国を脚本制作チームに引き込むことに成功する。この作品も第7回日本映画大賞を受賞し、併せて脚本賞も取っている。このときのシナリオ共同執筆者は黒澤明と橋本忍であった。公園のラストシーンで主人公がブランコで口ずさむ「ゴンドラの唄」は有名であるが、このアイデアを小国が出すと黒澤は一も二もなく取り入れたという。結局、小国は黒澤映画の代表作12作品に関わり、その名を不動のものとした。毎日映画コンクール関係でいえば、「天国と地獄」(38年)、「赤ひげ」(40年)、「乱」(60年)が日本映画大賞を受賞している。

 今回紹介する台本「悪い奴ほどよく眠る」の執筆者は五人にのぼる。小国、黒澤以外に久板栄二郎、菊島隆三、橋本忍のチームであった。かなり進んだ段階のシナリオと思われるが、それでも検討用と書いてあるとおり、決定版とくらべるとシーンの入れ替えや台詞などかなりの異同が見られて興味深い。またこの映画は黒澤プロダクション結成後の第一作として企画され、社会的意義のあるものということで、贈収賄事件をテーマとした。主題が主題だけに完成までにもっとも難航したシナリオとなった。四回にわたってライターが顔をそろえて共同執筆を行い、延べ85日ほど缶詰になったという。

 生涯、二百本以上の映画台本を書き、その大半はコメディーで、世に娯楽を提供した小国だが、一方で実篤の「新しき村」との関係も死に至るまで続き、そこで生まれた友情を大切にして生きた。小国の蔵書その他関連資料は現在、武者小路実篤記念館に収められている。

(館長・黒岩恭介)

(平成20年08月28日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)


「悪い奴ほどよく眠る」 1960年
東宝・黒沢プロ作品
謄写版刷り 24.4x17.5cm
190ページ
左上に鉛筆による書込:
THE BAD SLEEPS WELL
右下にインクによる書込:M