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【青森県近代文学の名品】

Vol.69 佐藤春夫詩軸「おちたぎり〜」

おちたぎり急ぎ流るる
なかなかにみつゝ悲しき
行きゆきて野川と濁る
汝(な)が末を我し知れれば

 佐藤春夫(1892-1964)の詩「奥入瀬谿谷の賦」の最後に、「反歌 銚子大瀧」として記された一節。轟々と落下する銚子大滝の清冽な水が、やがては野川となり濁りゆく悲しさを歌った詩である。1953(昭和28)年10月、十和田八幡平国立公園指定十五周年を記念して、奥入瀬渓流の銚子大滝そばに佐藤春夫詩碑が建立され、この「おちたぎり〜」の詩句が奥入瀬の天然石に刻まれた。

 佐藤春夫が初めて奥入瀬を訪れたのは、1951(昭和26)年のことであった。6月30日、作詞を担当した青森県立三本木高等学校の校歌制定発表式に出席するため青森県を訪れ、その後、奥入瀬・十和田湖・蔦、、恐山、種差などを巡っている。「奥入瀬谿谷の賦」はその時の印象を歌ったもので、「瀬に入り淵に咽びつつ/奥入瀬の水歌ふなり/しばし木陰に佇みて/耳かたむけよ旅人よ」から始まる四行九連の詩。詩に付された序で佐藤は「清風そぞろに甚だわが興を呼ぶに足りき」「流水のしらべに倣ひ、以て都門の塵埃と炎暑とを払ふなり」と、奥入瀬渓流に遊んで詩興が湧き、都会の埃や暑さが洗い流された様子を記している。佐藤が感じた奥入瀬の風景は、「人を喜び迎へてその懐の中をさぐらせることを拒まないやうな、なつかしげのある風景」(『日本の風景』)であった。この「奥入瀬谿谷の賦」は同年9月、「三田文学」に発表されたが、「反歌」である「おちたぎり〜」の部分は当初はなかった。詩碑の建立にあたって新たに作られた詩句だと考えられる。

 先日、この詩碑を奥入瀬渓流に訪ねてみた。銚子大滝から30メートルほど下流の遊歩道沿いには「奥入瀬渓流の賦」の詩を紹介した木製の掲示板が建てられていたが、詩碑はなかなか見つからない。見渡すと、十数メートル奥の方にある大きな岩に、かすかに文字のようなものが見える。草藪をこぎながら傾斜を上って近づいてみると、苔に覆われた石にはたしかに詩句と「佐藤春夫」の文字が刻まれていた。同行した人と、手を取らんばかりに喜び合った。

 たえまない滝音と水霧に包まれたこの場所で、約60年の年月を経て、石は苔や草木に覆われ、ほとんど風景の一部となって静かに佇んでいる、それはやはり寂しい。佐藤春夫が「雄邃閑雅の境」と讃えた奥入瀬を歌ったこの詩が、もう一度多くの人に知られてほしいと願っている。

(主幹・佐々木朋子)

(平成20年7月31日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)