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【青森県近代文学の名品】

Vol.14  西善蔵  「奇蹟」第二巻第四号

大正元年九月、早稲田大学英文科出身および在籍の文学青年たちの手で、同人雑誌「奇蹟」が創刊された。のちに多くの私小説を書き、大正文壇で「芸術の苦行者」として注目される西善蔵(一八八七〜一九二八、弘前出身)も同人の一人だった。英文科の聴講生であった善蔵は、他の同人たちと知り合った頃は無口で控えめだったという。ところが、創刊の半年程前のこと、善蔵は井の頭公園で同人たちに、いわれがあるのか即興なのか判らない妙な踊りを披露した。あの善蔵が踊った、これは奇蹟だ、というような声が周囲から上がり、この出来事がきっかけとなって「奇蹟」という誌名が生まれたという。

この雑誌を舞台として善蔵は、処女作「哀しき父」に始まって「悪魔」「池の女」「メケ鳥」と、四編の小説を発表した。当館では、「悪魔」掲載の第一巻第四号と「メケ鳥」掲載の第二巻第四号を所蔵している。しかし、発行所の植竹書院が手を引いたことから、大正二年五月、通巻九号をもって「奇蹟」は廃刊となる。同人だった広津和郎はのちに、「最初は返品が少ないので、売れたつもりでいた」が、廃刊した途端に販売所より「一遍に初号から返してよこした」と回想している。また、発行部数と照らし合わせた結果、「月に二十部位しか売れていない計算」になったという。かつては、研究者でも内容を確認することが困難な雑誌であったが、昭和四十五年に日本近代文学館(東京)によって復刻された。

(主事・竹浪直人)

(平成19年6月28日付・毎日新聞「今週のお宝」掲載)